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デザイン思考で対処する

紫陽花
2012

『明西寺画報』をご愛読ありがとうございます。
継続してお読みいただいている方はお気付きのことと思いますが、

一ヶ月前から、変わった点が二つ。
一つ目は、毎日更新
二つ目は、日替わりの記事ジャンルです。

月曜日は「経典のことば」
火曜日は「長老の教え」
水曜日は「仏教語の解説」
木曜日は「先人のことば」「モノの見方」「時事ネタ」
金曜日は「よくある質問」
土曜日は「文化・芸術」その他の記事
日曜日は「一週間の読書・音楽等の記録」

というのを基本に構成しています。

記事の内容で心がけているのは、
・役立つと思われる情報を伝える。
・知られていないことを伝える。
・題材は幅広く。
・個人的な感情は極力前面に出さない。

なぜこのように、条件を設定して書くようになったかというと
意外に思われるかもしれませんが、
制約がある方が記事を書きやすいからです。

例えば、画用紙を渡されて
「何でも自由に描いていいよ」と言われるよりも
「何か花の絵を描いてください」と言われる方が
 描くことに困らないでしょう。

ブログというのは、何の制約もないジャンルです。
本当に何を表現してもよいのです。
でも、だからこそ、誰もがはたと困ってしまいます。

よほど表現欲のある人でもなければ
さあ表現してください、と言われて次々にかけるものでもありません。

私も最初の頃は思いつくままに書いて更新していましたが、
内容が偏っていったり、気乗りしないと書かなかったり
しかも、当然誰からも何も言われませんので
自分でルールを決めるしかないんですよね。

おかげで、日によっては書くのに手間取ることもありますが(今日もそうですが)
うろ覚えだったのを、出典を調べたら勘違いしていたとか
自分の勉強になることも多いので、できる限り続けていきたいと考えています。


ここでデザインの話を少ししたいと思います。

デザインというと、あの車のデザインがいいとか、デザインのいい家具が欲しい
といったように形や色など意匠のことを指すと思われがちですが、
それは表面的な意味で、本来は
問題をより良く解決していく方法論で、その達成のために
分かりやすさや美しさやセンスを使うといっても良いでしょう。

デザインには必ず制約が含まれます。

例えば、公園に置く子供向けの遊具をデザインすることを考えると
・土地の制約 どれ位の広さがあるか
・予算の制約 予算内でどんなものが作れるか
・納期の制約 いつまでに完成しなくてはならないか
・材質の制約 強度的に安全な材質は限られています・・・等々

それをふまえた上で、子どもが遊んでも安全で、かつ斬新で魅力的なモノを作らなくてはなりません。


よいデザインというのは
制約をふまえた上で最適な解を求める、というよりも
制約を逆に生かして昇華させる作業といってもいいでしょう。

デザインに限らず、制約は必ずありますし
制約があるからこそいい仕事ができるとも言えます。

建築家の安藤忠雄さんの初期の仕事の
住吉の長屋」「光の教会」などは
予算もなく、土地も狭小というなかで
それを逆手に取り、その条件だったからこそ
その作品が生まれたのではという必然性さえ感じさせます。

条件が厳しく制約が多くてできない、と投げ出さずに
その制約を発明の母として、智慧をしぼった結果と言えるでしょう。


仏教徒が覚りを目指して修行するのでも制約だらけです。

まずとにかく人生の時間が限られています。
出家者ならまだしも、在家信者であれば生活のために
修行以外に仕事もしなければなりません。
修行にふさわしい環境もどこにでもあるわけでもありません。
体力は年とともに段々衰えていきます。

しかし、時間が限られているからこそ、修行できる時間を大切にして
短時間でも集中して修行にいそしむ人がいるように制約も生かしようです。


スポーツというのも、ルールという制約があるなかで
一流選手は最高の技を競い合います。

以前プロの卓球選手がTVでデモンストレーションをしているのを見かけましたが
まさに針に糸を通すようなコントロールでコート上の狙ったところに
自由自在にボールを打ち込んでいました。

ボールがコートから外れたら点数にならないというルールがなければ、
そこまで練習していないでしょうし、
ルールと言う制約を逆に生かして自分を有利にできなければ一流にはなれないでしょう。


しかし、ルール自体を変えられると困ります。
スキーノルディック複合の選手でオリンピックでもワールドカップでも無類の強さを発揮した
荻原健司選手があまりに強すぎて、スキーの本場の北欧の国が中心となり
荻原選手が勝てないようにルール改正したときは、
あまりに露骨でスポーツの世界も清潔ではないと感じた記憶があります。
そっちの方がルール違反だろうって。


残念ながら現在の日本でも、勝手にルール改正されています。
いや、ルール改正するならば、まだ良心的ですが
ルールの無視や恣意的な拡大解釈により、私達の生命どころか
私達の次の世代も、次の次の世代も、その先の生命も危険にさらす愚行が進行中です。


制約は増えるばかりですが、制約があるのは織り込み済です。


昨日(6/22)首相官邸前には、反原発を訴える市民が45,000人集結しました。

できることは、まだまだあります。

九州の私もできることをしようと思います。


生きとし生けるものが幸せでありますように
このブログを読んでくれたあなたが幸せでありますように
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プロフィール

ハラジュンリョウ

Author:ハラジュンリョウ
大分市明西寺住職。
1972年生まれ。
武蔵野美術大学彫刻学科卒業。

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