Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

談志と猿之助から伝統を考える

ラダック法要
India , 2004

2011年11月に立川談志が亡くなり、今年6月市川亀治郎が四代目市川猿之助を襲名し
先代猿之助は二代目市川猿翁となり、名実共に隠居しました。

相次いで、時代の革命児が表舞台から姿を消しました。

談志と落語協会を飛び出し、立川流を興し、家元におさまり、
猿之助は歌舞伎座を飛び出し、現代的な演出のスーパー歌舞伎をはじめました。

二人に共通するのは、革新的というよりは本質的な意識だと思います。

面白くなければ落語じゃない。
楽しくなければ歌舞伎じゃない。

逆説的ですが、
二人は伝統を存続させるため必要不可欠な存在だったのではないかと思います。


以前TVで見かけたのが
猿之助が愛弟子の市川笑也に伝統的な歌舞伎の所作の手ほどきをしている姿でした。
スーパー歌舞伎は現代風な歌舞伎なので、歌舞伎の伝統的な立ち居振る舞いを必要としません。

猿之助一門は、歌舞伎役者の家の出ではなく、一般家庭出身者がほとんどを占めるので
早ければ2歳には親に弟子入りする梨園と違い、伝統的な所作が身についていません。

今後弟子達が歌舞伎役者としての行く末を案じた猿之助が責任感を感じ、
どうにか身につけさせなければ、といった風にも感じました。


芸事や武術の道を極めていくことを表す
守・破・離」という言葉があります。

「守」最初は師匠の言う通りに稽古し、しっかり基礎を身につけていく。
「破」その身につけたことに留まらず、それを破り枠を超えていく。
「離」枠を超えた新たな境地からも離れ、自由自在の境地。

まず型に入り、型より出て、型のことさえ忘れてしまうと言ってもよいでしょう。

猿之助がスーパー歌舞伎を創作することができたのは
身についた型があったから、壊すことができたのです。
歌舞伎→スーパー歌舞伎になれたのは、何といっても歌舞伎役者だったからです。

残念ながら、スーパー歌舞伎だけしか稽古してこなかった猿之助の弟子は、
決して猿之助のようにはなれません。
それが型を身につけ型より出た人間と、元から型のない人間の違いです。
壊すことができるのは、すでに何かある人間だけです。


談志が亡くなって、談志の弟子達がすぐに家元制度を廃止したのは
本人達が一番分かっているからです。

師匠と弟子との間のあまりに大きすぎる溝を。

談志が弟子に真打になる条件として
落語100席ができることと、歌舞音曲などの実力を求めたのは当然のことです。
落語協会から、つまり主流派から出て、活動していくには
守ってくれる後ろ盾がないので、
主流派以上に実力がなければ先がないのが分かりきったことだからです。


談志と猿之助は実力があったからこそ、新しいことができたし
ファンからも支持されました。

見方を変えると、実力のある異端者が出てこないような業界は長続きしないともいえます。


なぜならば、伝統が続いているというのは、古いものを守ってきたのではなく
常に変わり続け、活性化されてきたからです。


古典落語も最初はすべて新作落語です。よくできた新作落語の受けがよくて
いまだに(ものによっては百年以上も)寄席にかかるということです。

スーパー歌舞伎だけが新作ではなくて、古典歌舞伎も元は新作です。

時代時代の新作や流行を取り入れ、常に活性化し続けてきたから伝統があるのです。


京都の老舗の和菓子屋には、当代の当主は常に新しい和菓子を
ひとつ考案しなくてはならないという家訓があるそうです。
しかも、後代に残る定番となるようなものを。

伝統とは、古いものを墨守することと勘違いしがちですが
時代に合わせて変わり続ける柔軟さがなかったら、何百年も存続していないでしょう。

つまり、より良く変わり続け、世間からも支持されてきたから
伝統になるまでも続いてきているといえます。

逆に、守ること自体が目的になってしまうと、
内向きになり硬直化し、守れるものも守れなくなるでしょう。

その家訓を残した先人も、変わることよりも
変わらないことの危うさを良く分かっていたのだと思います。



企業も同様ですね。

宅配便大手のヤマト運輸は、常に新しいサービスが考え出され、
かゆいところに届くように利便性が向上し続けています。

前社長の故小倉昌男氏が宅配便の規制緩和を求めて、
旧運輸省や旧郵政省としぶとく交渉していったのも
客のために少しでも便利にという理念あってのことです。


佐川急便が金丸信などの有力政治家に多額の献金をして、
労働法違反のお目こぼしと全国展開するための許認可を
都合してもらったのとは対照的です。
東京佐川急便事件


ホンダが縁故採用をせずに実力のあるものを採用するというのも
社長には技術者しかなれないというルールを設定しているのも
それを決めた創業者の本田宗一郎が、本当に自分の会社を愛していたからではないかと思います。


自分の興した大切な会社が続いていってもらうためには

・会社を私物化する人間が出てくると、社会のためでなく
 自分のために会社を利用するようになる。
(会社の金をカジノにつぎ込んだ製紙会社の跡継ぎ会長がいましたね)

・世の中に役に立つ魅力ある商品を送り出し続けなければ、会社が傾く。


社会貢献など理念のある会社と違い、
理念のない団体は、自らの組織の保全・存続を最優先します。

競合相手のいない独占企業や公務員だと、
どうしても意識が、世の中や外部に向かうというよりは
とにかくつつがなく定年まで働き、退職金満額もらうというように
事なかれ主義になってしまう感があるのは否めません。
もちろん中には立派な方もいますけれど。


私は仏教は世の中のために必要な教えと思っていますので
その仏教を伝えるお寺は存続していってもらいたいと希っています。

そのためにも寺が寺の内側の人間のため以上に
寺の外側、社会のために役立っていくことが大切でしょう。

内向きにならず、良い方へ変わり続けていくことです。

変わり続ける努力をする者だけが伝統を築くことができます。


写真は、ラダックでの12年に一度の大法要に催された伝統的な仏教劇。

生きとし生けるものが幸せでありますように
このブログを読んでくれたあなたが幸せでありますように


関連記事
スポンサーサイト

Appendix

プロフィール

ハラジュンリョウ

Author:ハラジュンリョウ
大分市明西寺住職。
1972年生まれ。
武蔵野美術大学彫刻学科卒業。

当ブログの更新情報は
Twitterで送信しています。
アカウント「明西寺」
↓リンクは下方に

コメント欄を設けていませんので
メッセージ、お問合せ等はメールへ
junryo.h@gmail.com

※記事の内容に間違い等あった場合は
 コッソリ教えてください。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。