Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なまぐさ坊主

妹と鳥2
Isparta,Turkey , 1994

イスパルタ夫婦と鶏1
Isparta,Turkey , 1994

イスパルタ夫婦と鶏2
Isparta,Turkey , 1994


法事の後のお膳をいただいているときに

「お坊さんは肉を食べてもいいんですか?」と尋ねられることが時々あります。

「何でも食べますよ。」と答えると

「いいんだ・・・」と納得したような納得しないような感じです。



実は、16歳から19歳まで3年近くベジタリアンだったことがあります。
肉・魚に卵も食べない動物性タンパク質を一切採らない完全な菜食でした。

仏教や修行に関係なく、菜食を始めたのは、ちょっとしたきっかけからでした。
わが家は、高校生ともなると自分の欲しいモノは自分で手に入れるという雰囲気があり、
兄達がバイトしているのを羨ましく思い、私も中学生の頃からバイトしていました。
(近所の本屋さんが掃除に雇ってくれました)


高校生の時には、ファミリーレストランで皿洗いをしていました。
時給450円!位だったかな(20年以上前ですからね)


その日も、次から次へとやってくる大量の食器をせっせとさばいていました。
食べ残しのステーキをゴミ箱に捨てながら、
ふと、「この肉はゴミではなく、元々牛のからだの一部だったんだよな。」と気付いたら猛烈に罪悪感を覚え
「動物を食べなくても、生きていけるんじゃないの。」と思い始めたら
矢も盾もたまらず、野菜は嫌いだったくせに、その日からベジタリアンになることにしました。
家族も「またそんなこと思い付いちゃって」と言いつつも協力してくれて、それから菜食生活が始まりました。


それから三年近く続けたベジタリアンをなぜ止めたかというと
その頃たまたま読んだ雑誌に
「人間の歯は、草食動物の歯でも肉食動物の歯でもなく、雑食の歯だ。」と書いてあるのを目にして、
「私が何と思おうと、私の体は何でも食べるようにできている」と思ったら
植物も生命で、全ての生命が他の生命を奪って生きていくしかないのが自然の摂理なのだと変に納得しました。
それからは、どんなものを食べても、残してゴミにせず、食べて栄養にするよう心がけています。


そのように肉食に関しては自分なりに折り合いをつけたのです。




ところが

5年ほど前にテーラワーダ仏教(上座仏教)のスマナサーラ長老が、ある講演の質疑応答で

「肉食イコール殺生ではない」

と答えている冊子を読み、目からうろこが落ちました。

要約すると
・ブッダが守りなさいと言ったのは「殺すな」ということ
・食材としての肉や魚は、すでに殺された遺体で、それを食べたからといって殺生したわけでない。
・だからといって積極的に肉・魚を食べろということではない。

何を食べるか食べないかでなく、(自分が)殺したかどうかなのです。
残酷な活き造りとかは避けるべきでしょう。





ベジタリアンをやめた後日談
ずっと菜食だったので、どこか悪いところはないだろうかと、総合病院で検査してもらいました。
検査結果を聞きに行くと、医師が「いやあ珍しい。」というので、ん?と思っていると
「若い人でも、最近は酒やタバコで健康を害している人が多いのに、あなたは健康優良児の見本みたいな人ですよ。
もっと健康に自信を持ってください。」と。

菜食はからだに良いようです。


初の海外旅行は、学生のときのトルコひとり旅。イスパルタという地方都市の民家に一泊させてもらいました。この日の内に移動したので、この鶏は食べていません。
関連記事
スポンサーサイト

Appendix

プロフィール

ハラジュンリョウ

Author:ハラジュンリョウ
大分市明西寺住職。
1972年生まれ。
武蔵野美術大学彫刻学科卒業。

当ブログの更新情報は
Twitterで送信しています。
アカウント「明西寺」
↓リンクは下方に

コメント欄を設けていませんので
メッセージ、お問合せ等はメールへ
junryo.h@gmail.com

※記事の内容に間違い等あった場合は
 コッソリ教えてください。

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。