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今の日本にこそ オシムの教えを

オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見えるオシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える
(2005/12/05)
木村 元彦

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湯布院温泉で有名な由布市に、イタリアのサッカーの名門クラブACミランが運営する
サッカースクールが今年開校しました。国内2校目で、九州初だそうです。

地元の人間にすると、なぜ大分に?と思いますが
そんな一流クラブが、思い付きで始める訳もないので
一人でも金の卵が見つかれば、十分に採算が取れるのかなと邪なことを思いました。

大分はプロサッカーチームもあるので、サッカーはさかんな方だと思います。
現在J2の大分トリニータですが、
数年前にはナビスコカップで優勝したりと、栄光の時期もありました。

このトリニータの天敵ともいえるのが「ジェフユナイテッド千葉」です。
通算対戦成績は、大分の1勝14敗3分です。
全然勝てません。

その「ジェフユナイテッド千葉」を育て上げたのが、後に日本代表監督もつとめた
イビチャ・オシム氏です。

私はそれほどサッカーが好きというわけではありませんが、
オシム監督は、興味がある旧ユーゴスラビア出身ということと
エスプリの効いた深みがある言動を耳にしたことで、注目していました。

4年前に、ジャーナリストの木村元彦さんが、オシム監督について書いた
すばらしい文章が雑誌に掲載されていたので、今回はそれをご紹介します


「確かに影響を受けたかもしれないが‥‥‥‥。
 ただ、言葉にする時は影響を受けていない
 と言ったほうがいいだろう。
 そういうものから学べたとするのなら、
 それが必要なものになってしまう。
 そういう戦争が‥‥‥‥。」


 ――――――『オシムの言葉』木村元彦著

上の言葉は、僕の質問に対しての答えでした。

「監督は悲惨な隣人殺しの戦争を、艱難辛苦を乗り越えた。
 試合中に何が起こっても動じない精神、
 他文化に対する許容力の高さは、
 そこで得られたのではないか」

質問をする僕の中に、ある図式にはめたがるスケベ心があったと思うんです。
「あの体験は大きかった」
「艱難辛苦を乗り越えた」とね。

普通はそういう質問をされたら、
「そうなんだよね」と答えたくなるじゃないですか。
過去の自分を全肯定してくれるわけですから。

でも、それには乗ってこない。
「この人って、やっぱりすごいな」と思いましたね。

その言葉自体よりも、その言葉を発することの意味を、
すごくよく俯瞰(ふかん)しています
よね。

人は、「体験主義」に陥りやすいものだと思うんです。
自分のやってきたことや、体験がすべてで、その価値観のみで物事を判断する
「俺が若い頃は‥‥」と、言いたくなってしまいがちなものです。


ある日本のサッカー監督が、どこかでこんな発言をしていました。
「クロアチアでは、戦争で親を殺されたりしている人たちがいる。
 日本を見れば、子供たちは恵まれすぎて、親に向かって『ウザい』と言ったりする。
 そういうところが、サッカーの試合で力の差になって出てくるんじゃないですか」と。

これは「体験主義」ですよね。

知人のクロアチア人にこの話をすると、
喜んで、代わってあげるよ」って言います。
親が殺されなければ、サッカーが強くならないというんだったら、
 ワールドカップになんか、出られなくていい
」と。


体育会系のシゴキや先輩への絶対服従という関係の中にも、
体験主義が見られます。

下級生の頃は、シゴキがすごくイヤだったはずなのに、卒業してしまうと、
「今の自分があるのは、あのときの苦しい体験があったからだ」と、
事後肯定してしまう。それをまた他人に強いるようになる
こうしてナンセンスな連鎖が続くんです。


母校の体育の教授から聞いた話ですが、
体験記を学生に書かせると、みんな判で押したように
「今の自分があるのは‥‥」と書くんだそうです。

無理なシゴキや、年上は偉いみたいな上下関係は、本来スポーツとは関係ないものです。
その先生は、それが不条理だということを学生にどうやって教えたらいいか悩んでいた。

そんなときにオシム監督の、この言葉に出会って得心がいったそうです。


体験主義に陥るのは、逆に自信がないからだと思うんです。
「俺が若い頃は‥‥」と言う人は、現在よりも過去にしか拠り所がない
しかも自分が体験したことにしか拠り所がない。
でも、それ以外のことって、たくさんあると思うんですよ。
まだ未体験のものとか、知らない世界とか。


旧ユーゴをいろいろと取材して思うのは、
今でも続く民族憎悪の連鎖というのは、まさにこの「体験主義」に絡め取られているということです。
「あの民族は、俺たちをこんなひどい目に遭わせた」と、
ほとんどの人が被害者意識のみを顕(あらわ)にする。

だからこそ、オシム監督は奇跡に近い人だなと思う。
「戦争の体験から影響を受けた」ということを、
言わないようにする人がたくさんいたら、
あの悲惨な紛争は食い止められたんじゃないかと思うんです。

「体験主義に陥ってはいないか?」と常に問いかけてくるこの言葉は、
物書きの自分としても、大きな指針になっています。
なかなかあのようには、なれないですけれどね。未熟者ですから。

――――『PLAYBOY』2008年2月号



いたるところで「体験主義」に遭遇します。

戦前・戦中生まれの方に多いのが
「最近は少年犯罪が増えているから、教育勅語修身を復活させた方がいい」という発言です。

そうおっしゃる方は残念ながら、少年による殺人や強盗などの凶悪犯罪は年々減少傾向にあり、
現代の少年が戦前・前後含め「一番人を殺さない世代」だということは、ご存知ない。

少年犯罪が増加しているという実感は、たまに起こる凶悪事件の報道の印象が強いのと
自転車泥棒などの軽微な窃盗罪の取り締まりに警察が力を入れた結果、
統計上の件数が増えたという理由も大きいです。


では、少年(14歳~19歳)による凶悪事件の最も多かったのは、いつ頃でしょうか?

それは、昭和25年~昭和35年です。

単純に比較すると、昭和35年の殺人件数は平成2年の実に6.9倍です。
その頃の少年達というと‥‥まさに、教育勅語や修身を教わった世代が含まれます。

言えるのは、教育以上に影響力が大きいのが、経済の状況です。
戦後のように貧しくモノが無い時代には、犯罪も増えるということです。
そう考えると、バブル景気がはじけてから、日本の経済は決して良くはないですが
その割には凶悪犯罪は減っているわけですから、今の少年達は立派なものです。

 詳しくは以下の書籍を
反社会学講座 (ちくま文庫)反社会学講座 (ちくま文庫)
(2007/07)
パオロ マッツァリーノ

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戦前の少年犯罪戦前の少年犯罪
(2007/10/30)
管賀 江留郎

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ただ気に喰わなくて、文句を言いたいだけなのに、
相手が経験していない自分の体験を持ち出して相手を押さえ込もうとするのは、
怒りの感情で暴力を加えているだけなのに、
「俺も親に殴られて育った。だから、殴るのもお前のためだ」
と虐待を正当化する親と何ら変わりません。


自分がされた嫌なことを、ひとにするのはよそう
ただ、それだけの事なんですけどね。

※文庫もあります。
オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える (集英社文庫)オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える (集英社文庫)
(2008/05/20)
木村 元彦

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ハラジュンリョウ

Author:ハラジュンリョウ
大分市明西寺住職。
1972年生まれ。
武蔵野美術大学彫刻学科卒業。

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