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他山の石 『無言歌』

「無言歌」


少し前に観た映画ですが、新聞の書評で、
2000万~5000万ともいわれる餓死者を出した中国の大躍進時代
書籍を見かけて本作のことを思い出しました。

毛沢東大躍進秘録毛沢東大躍進秘録
(2012/03)
楊 継縄

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毛沢東時代の強制収容所を描いた映画で、
収容所の生存者に取材した原作を元に製作。

中国出身のワン・ビン(王兵)監督による香港・仏・ベルギー合作のこの映画は、
実際の収容所があったゴビ砂漠で、中国政府の許可を取らずに撮影。
2010年に製作され、現在でも中国本土での上映は禁じられています。



1960年。中国西部、ゴビ砂漠の夾辺溝収容所。

収容された政治犯に課せられたのは荒野を開墾すること。
岩穴を住居とし、冬には零下20度に達する厳しい環境で、
痩せた大地をただ掘り起こす不毛な作業を強いられ
食糧はほとんど無く、配給される水のような粥をすするだけ。


観ながら、人間の最も基本的な欲は、やはり食欲なのかと思いました。

荒野に生える雑草から一粒でも草の種をとろうとする老人。
(この老人を演じるのは実際の収容所の生存者で、ポスターの人物がそれ)
ネズミを捕まえ、煮て食べる者。
生のトウモロコシにあたって吐く者がいれば、
その吐瀉物の中の穀物を探して口に運ぶ者(!)さえいる

そして、ついには砂漠に埋められた遺体の肉を食らうものまで。

過酷という言葉では足りない、苛烈としかいいようのない惨状。

この夾辺溝収容所で収容された3000人のうち生存者はわずか400名のみ。



1956年、毛沢東は自由な批判を保証する「百家争鳴・百花斉放」を提唱し、
知識人のあいだで官僚主義批判が巻き起こった。
しかし翌年、共産党は政策を急転換し50万人以上を「右派分子」として
「労働改造」という名の強制収容所に送り込んだ。

収容された政治犯の経歴は、医師、官僚、大学教授、エンジニアなど
知識階級も数多く、嘘の告発で収容された者も少なくない。


以前『毛沢東の私生活』を読んだときに実感したのは
「毛沢東在世時の中国で、完全に身の安全が保障されていたのは毛沢東ただ一人のみ」
「人間の心は、かくも残虐でおぞましいものか」

人民の上に立つ者は人格者であってもらいたいけれど、
上に立ちたい者が、上に立つという現実。

自然災害よりも甚大な被害を人間にもたらすのは、ただ人間のみ。



この映画を観終わった直後の感想は、

「この時代の中国に生まれてなくて、本当に良かった」


それから、数ヶ月たった現在、

「はたして今の日本は、数十年後にふり返ってみた時に、
 ここに生まれてよかった、と言える国だろうか」

 

歴史の判断が下るより前に
最善でなくとも最悪ではない選択をすることが
私達に課せられているような気がするんですよね。



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このブログを読んでくれたあなたが幸せでありますように
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ハラジュンリョウ

Author:ハラジュンリョウ
大分市明西寺住職。
1972年生まれ。
武蔵野美術大学彫刻学科卒業。

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