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おいしいもの~鈴木大拙のことば

バナナ売りの少年
India , 1999

アメリカで、仏教=ZENというイメージが定着したのは
仏教学者・鈴木大拙(1870-1966)の功績によるものが大きいでしょう。

英語で禅を語るというよりも、「大拙の英語そのものが禅である」といわれるほどの語学力で
禅や大乗仏教を海外に紹介していきました。

『ライフ』誌によると、1960年末のアメリカの世論調査で
「世界に現存する最大の哲学者は?」との問いに対して
アメリカ人の圧倒的多数が「ドクター・ダイセツ・スズキ」と答えたそうです。


大拙は96歳で亡くなりましたが、最期を看取った主治医は
100歳の現役医師で知られる日野原重明さん。
日野原さんは、著作の中で次のように語っています。
【 私の看取った一番の高齢者は鈴木大拙師である。
先生は九十歳を過ぎてからも浄土真宗の親鸞聖人の「教行信証」という教典の英訳にとりかかられ、
まさに、現役の最中で急性腸閉塞を患い、九十六歳で亡くなられた。先生は九十歳を越えられた時、

秘書の岡村美穂子さんに
「九十歳にならんと分からんことがあるのだぞ、長生きをするものだぞ」と言われた。
九十六歳での聖路加病院での最期は、実に平静な心が満ちあふれていた。 】



その岡村美穂子さんが、大拙とのやりとりを思い出して

【 あるとき、私は
 「先生はなぜそんなにお仕事に夢中なのですか」と聞くと、
  先生は私にもわかりやすく

「あなたは、もしここに何か美味しいものがあるとする。
それを他の人にも食べさせてあげたいと思わないか」


 それが先生の答えだった。】

(『大拙の風景』岡村美穂子・上田閑照 )



と、いうわけで大拙の言う
「美味しいものを分け与える」という切り口で少し考えてみました。
(ちょっと強引)

※もちろん味覚は千差万別で、誰にとっても美味しいものとかはありませんので、
 例え話として聞いてください。


1)美味しいものを分け与える人
親切な人。
例えば、お釈迦さま。
人類に自分が発見した覚りの内容と方法論を教え、苦から開放させた。

2)美味しいものを持っているのに、分け与えない人
ケチくさい人。謙虚で控え目の場合もあり。
例えば、独覚ブッダ。 
覚ったのに、誰にも説法することなく生涯を終えたブッダ。

3)美味しくないものを分け与える人
2パターンあって
a)美味しくないと知っているのに、美味しいといって与えようとする人
 確信犯で、詐欺師的です。

b)マズイのを美味しいと思い込んでいて、美味しいといって与えようとする人
 判断力がなく妄信の人


ほとんどの人は「美味しいものを分け与える人」で、そのことによって自他ともに喜びを得ます。
一部に「美味しくないものを分け与える人」がいて、周りに迷惑をかけます。
(「食べログ」のヤラセ事件もそうでした)



私が住職を引き継いだ16年前から、自分なりに守っている説法のルールは
「自分の信じていないことや、
 納得していないことは絶対に言わないようにしよう」



宗教団体によっては、
「たとえ、今信じていなくても説法し続けるうちに信じられるようになる」
と指導するところもありますが

それは、マズイものでも、美味しい、美味しいと言い続けていれば、
だんだん美味しいような気がしてくると言っているのと同じで
自己洗脳している状態でしょう。

やはり、本当に美味しいものを差し上げていきたいです。
マズイ文章ですが・・・。


写真は、お茶を飲んでいた店にやってきたバナナ売りの少年。

生きとし生けるものが幸せでありますように
このブログを読んでくれたあなたが幸せでありますように
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プロフィール

ハラジュンリョウ

Author:ハラジュンリョウ
大分市明西寺住職。
1972年生まれ。
武蔵野美術大学彫刻学科卒業。

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