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なに見てる?


Budapest , Hungary , 1995

美大の試験の変わっているのが
英語とか地理などの場合は自分の中に答えが無いと答えられませんが
例えばデッサンの場合、そこに答えがあるんですね。

そこに置いてあるモチーフを時間内にそのまま描ければ、誰でも満点です。
でも誰もそのまま描けないんです。
もちろん、3次元のモノを2次元に表わすわけですから、
そういう意味でもそのままには描けませんが。
美術の試験の採点は感覚的だったり、曖昧に思っている方も多いようですが、
ことデッサンに関していえば、技量の有無は、見ればすぐ分かるものです。
描きあがった作品に残された鉛筆や木炭の線は、その人がモチーフを見た軌跡そのものなので
モチーフを見て、どのように把握して、画面に定着させたかが手に取るように分かります。

重要なのは、描き方よりも見方の方だということです。
モチーフと自分の作品を比べて、違いが分かれば修正できます。
そこが見えないと、モチーフに近づいていくことはありません。

私が予備校で浪人していた時、
モチーフを「モチーフ様」という気持ちで観察しろと言われました。
こっちの身勝手な見方ではなく、謙虚に丹念に見ろと。
だから、自分自身の見方との闘いともいえます。
自分の見方の癖というのもあるので、自分を良く知ることも大事です。


以前、親戚の寺で大きな法要をするというので手伝いに行ったことがあります。
20代の頃、結婚式の撮影の仕事をしていたことがあったので、その法要の撮影を頼まれ
後日アルバムに仕立てて、その寺を再訪しました。

アルバムを叔父である住職に渡して、喜んでくれると嬉しいな、と思っていると
アルバムをめくっていた叔父の手が止まり、一枚の写真を指して言ったのが

「なんで、この色の衣を着てるんだ。おかしいだろ!」

見ると、法要に参加した近隣の住職の法衣が着てはならない色だと。
聞けば、京都の本山からもお偉いさんが来ている正式な法要なのに、
本来は着てはならない高位の衣をまとっていると言うのです。

そこにいた私より年少のいとこ(その寺の跡継ぎ)も

「そうそう、おかしいと思ってたんだ!」 と言うのを聞き

『関心あるのは、そこかい!』 と呆れ
『ダメだ、こりゃ』 と思いました。

誰しも自分の見たいモノを見たいようにしか見ないのですが、
仏教を学ぶ者ならば、衣の色より見なくてはいけない大事なモノがあるでしょう。


「 他人のすること、しないこと
 他人の過失を観るべきではない
 自分のすること、しないこと
 ただこれのみを観るがよい」


   ダンマパダ50偈(『ダンマパダ全詩解説』片山一良)

自分だけを見ていなさいと。
あ、私もですね。


生きとし生けるものが幸せでありますように
このブログを読んでくれたあなたが幸せでありますように
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プロフィール

ハラジュンリョウ

Author:ハラジュンリョウ
大分市明西寺住職。
1972年生まれ。
武蔵野美術大学彫刻学科卒業。

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