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知ってる?

牡丹

昔、官僚の赤裸々な本音を引き出してして話題になった
テリー伊藤の「お笑い大蔵省極秘情報」の中で(当時の)大蔵省のキャリア官僚たちが、
自分たちがどれほど有能であるか喧伝しまくっていましたが、
「前例のないこと」に関しては苦手であると素直に認めていました。

でも、それって有能なのでしょうか?
物事は瞬間瞬間変わり続けていく、つまり、前例のないことの連続なのに、
それに対応できないということは、無能であることの証明としか思えませんが。

さきの震災で、政府や東京電力の弁明の中で何度も「想定外」であると繰り返されていましたが
なぜ誰も「想定が甘かったです」と言わないのか。
「想定外」と強調するのは
「我々は正しく賢明にやってきたのに、それを覆すようなとんでもないことが起きたのだ。
 自分達の想定が間違ったのではなく、起きた事象が悪いのだ。つまり、我々は悪くない。」
と言いたいような気がします。

起きたことをきちんと受け取らない人間は、予防策どころか善後策も取れないことでしょう。


作家の内田百閒のことばに
「何でも知ってる馬鹿がいる。」

どれほどの知識があっても、それを活用できなければ意味がないですね。

また、インターネットの普及により昔に比べて情報量が爆発的に増えているので
知識を増やそうと思えば、一生かかっても終わらないでしょう。
最近流行っている捨断離ではないですが、
必要でない情報を捨てていく、情報を増やさないという努力の方が必要でしょう。

完全な覚りを開いたブッダは、一切智者と呼ばれます。一切、つまり全てを知るものだと。
では、どのようにしてブッダは覚ったのか?

自分の体だけを使って観察し続けたのです。
知識を自分の外に求めていくものは、残念ながら外界の刺激を得ることだけで
一生終わってしまうのです。
知識を得ることよりも、なぜ私はそんなに色々知りたがっているのか、
その自分の心に気付くことの方が大切です。

何でも知っている馬鹿ではなく
不要なものを知っている智者にならなければなりません。

今日4月20日は百閒忌。

お寺の入口の牡丹が咲きました。


生きとし生けるものが幸せでありますように
このブログを読んでくれたあなたが幸せでありますように
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プロフィール

ハラジュンリョウ

Author:ハラジュンリョウ
大分市明西寺住職。
1972年生まれ。
武蔵野美術大学彫刻学科卒業。

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