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あなたの知っている「無常」と本当の「無常」は違う

ボロブドゥール首切られた仏
Indonesia , 2002

中学生のとき、ヴァン・ヘイレンのアルバム「1984」を聴きながら
エラリー・クイーンの「Yの悲劇」を読んでいたら

その後、ミステリー小説の影響か、陽気なアメリカ西海岸のヘヴィメタルが
何か重苦しいイメージを伴うようになってきて
たまに懐かしさに駆られて、このアルバムを聴いても、
やはりどうしても暗い曲調に聞こえてくるのです。

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こんな組合せによる、本来からズレたイメージの固定化は、
誰しも経験したことがあると思いますが、

歴史的に根付いた例もあります。

諸行無常」というと、どうしても私たち日本人は
平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・」を連想して
何か物悲しい雰囲気で受け取りがちですが、

お釈迦さまのおっしゃる「諸行無常」は、情緒的なものは一切なく
何ひとつ変わらないものないんだよ、とクールに事実を提示するだけです

私は今まで法事などで「無常」について話したことは何度もありますが
実は「無常」のことは全く分かっていなかったと分かった時があります。

テーラワーダ仏教(上座仏教)のアルボムッレ・スマナサーラ長老
無常の見方』を読んだときです。

これは衝撃的な本でした。
スマナサーラ長老は、こうおっしゃいます。

「無常は人間の知識レベル、
 認識範囲を乗り越えている事実です。
 認識範囲を広げて智慧で観なければ、
 わかるはずがない事実なのです。」

「無常がわかったら、悟り、解脱なのです。」

「無常は体験するものであって、
 本当は言葉では理解できないものです。」


「無常」がわかっているのは、悟った人だと。
「無常」というのは、それほどの真理だと。
 考えてもみませんでした。

また、この本の構成が徹底的に論理的で、反論できる余地がありません(私には)。
完膚なきまで打ちのめされて、ぐうの音も出ませんでした。

この本に限らずですが、スマナサーラ長老のお話は
数学のようで、1+1=2なんだという感じです。
いわゆる宗教者の話というのは、1+1=無限大、とか1+1=0のように
訳の分からないことや情緒的なことを言う人が多く、手に負えません。

私は、スマナサーラ長老のお話は
日本語が分かり、1+1=2が理解できれば誰でも受け取り可能だと思っています。


以前知り合いの30代の僧侶に、この『無常の見方』をすすめたら、読後の感想が

「いやあ、ここまで言われちゃうと、救いがないですよ~」
 と言われてガックリしました。
「お前、ちゃんと読めよ。これこそ救いだろう」
 と内心思いましたが。


「無常」というのが私達には到底理解不可能と理解したところで、

科学的な見方ができる方であれば、
仏道修行しなくても「無常」が理解できる例があります。

スマナサーラ長老との対談本もある解剖学者の養老孟司さんは


「昼寝から目覚めて、寝る前の自分と起きた後の自分が
 同じはずがないのに、それを同じだとするのが「意識」の仕業だ」

「常に体の細胞は新しい細胞に置き換わっていて、
 半年もすれば全部の細胞が変わってしまうんだから
 一年ぶりに知り合いに出会って「お変わりなく?」
 とあいさつしたときには、もう全然別人なんだよ」

と、知性で見事に『無常』を把握しています。

生物学者の福岡伸一さんも同様のことを著書のなかで述べていました。

そのような科学者が淡々と「無常」は当たり前、と理解するように
私達も科学的に物事に接する姿勢があれば真理に近づけるかもしれません。


昔、元首相の中曽根康弘が、原爆病院を訪れた際、入院している白血病患者に
「病は気からと言いますから頑張って下さい」
と、のたまったそうです。

「がんばろう!○○」と言うよりも、考えること、やることがあるでしょう。

物事の判断も、感情的に熱くなるより、科学的な冷静さの方が必要に思われます。
あまりに不条理で、デタラメなことが多い昨今ですから。


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写真は、ジャワ島ボロブドゥール遺跡の首を切られた仏像。

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このブログをよんでくれたあなたが幸せでありますように
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プロフィール

ハラジュンリョウ

Author:ハラジュンリョウ
大分市明西寺住職。
1972年生まれ。
武蔵野美術大学彫刻学科卒業。

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